ギャンブルと賭博

ギャンブルと賭博

ギャンブル、または賭博とは何か?

ギャンブルとは:勝者が敗者から財産を得ることを条件づけた、勝負や遊びごとのことです。つまり全ての参加者は、他人から財産を得るか、あるいは他人にそれを与えて損するかの、どちらかなのです。

その位置づけ:

ギャンブルは、禁じられています。その非合法性は、クルアーンとスンナの中で厳しく言及されています。

  1. アッラーは賭博の罪と害を、その得と益よりも大きいものと定められました。アッラーはこう仰せられました。『彼らはあなたに、酒と賭博について尋ねる。言え、“その両者には大きな罪と、人々への益がある。そしてその罪の方が、益よりも大きいのだ。”』(クルアーン2:219)
  2. アッラーは賭博とギャンブルを、その個人と社会に対する悪質な害悪ゆえに、観念的な穢れであると決定されました。そしてそれを避けることを命じられ、それが分裂と憎しみ、サラー(礼拝)とアッラーの念唱を放棄させる原因である、とされました。アッラーは仰せられます。『信仰する者たちよ、酒と賭博、偶像と火打石(による占い)は、シャイターンの行いであり、穢れである。ならば成功するように、それを避けるのだ。シャイターンはあなた方の間に、酒と賭博において敵意と憎悪を生じさせ、あなた方をアッラーの念唱とサラーから阻もうとしているのだ。ならば、あなた方は(それらを)やめるのか?』(クルアーン5:90-91)

個人と社会に対するギャンブルと賭博の害悪:

個人と社会に対するギャンブルの害悪は大きく、沢山あります。その主なものを、以下に挙げてみましょう:

  1. ギャンブルは、人々の間に敵意と憎悪を生じさせます。そのようなことをして一緒に遊ぶのは、大概友人や仲の良い者どうしですが、その内の誰かが勝って彼らのお金を手に入れるとなれば、間違いなく彼らはその者を羨み、憎み、敵意や嫉妬の念を抱くでしょう。そして自分たちを損させたことの仕返しに、その者を陥れ、害するための画策を練るでしょう。このことは、よく知られた現実なのです。これこそは、アッラーが次のように仰せられたことの実証です。『シャイターンはあなた方の間に、酒と賭博において敵意と憎悪を生じさせ…』それからシャイターンは、義務行為やサラー、アッラーの念唱から人を遠ざけ、遊び呆けさせます。それはアッラーが、シャイターンが人間をギャンブルや賭博へと誘惑する動機について言及しつつ、次のように仰せられた通りです。『…あなた方をアッラーの念唱とサラーから阻もうとしているのだ』(クルアーン5:90-91)
  2. 賭博は財産を失わせ、富を散財させ、ギャンブルする人に多くの損害を与えます。
  3. ギャンブルする人は、その中毒症状に襲われます。もうけ、勝負に勝てば、彼はギャンブルにおける更なる貪欲さと願望を募らせ、非合法な財産を手にすることに大胆になります。そして損すれば、失ったものを取り戻すべく、ギャンブルにしがみつくのです。いずれの場合も仕事に対する障害であり、社会の崩壊につながるものです。

賭博の種類:

古今を問わず、賭博の形と種類は多様でした。以下に示すものは、現代における賭博の種類の一部です:

  1. 勝者が敗者からお金を取ることを条件づけた、全ての遊び。例えば、何人かでトランプ遊びをし、各々が一定額を賭け、勝利者がその全額を得ること。
  2. あるグループや競技者などの勝利において、賭けをすること。つまり参加者がお金を出し、各々が自分のグループや競技者の勝利に賭けます。そして自分のグループが勝ったらお金を手に入れ、負けたら、お金を失います。
  3. くじ引き/宝くじ。例えば、当たりくじを引けば10万円が当たる可能性のある抽選に参加すべく、100円でくじを買うようなことです。
  4. それで遊ぶ人が、財を手に入れるか失うかの2つの可能性がある、あらゆるギャンブル遊び。それが実際の身体運動によるものか、電子ゲーム的なものか、あるいはインターネットによるものかなどは、問いません。