正しい布教の形(イスラームへと招くこと)

アッラーは正しい布教を、それ以外のものと区別される特徴によって、描写しています。以下にその特徴を、挙げてみましょう:

  1. 慧眼と知識:

布教者は、自分がそこへと招こうとしているものと、自分が喋ることを知っていなければなりません。アッラーは仰せられました。『言え。“これは、私と私の追従者が慧眼をもってアッラーへと招く、わが道である。”』(クルアーン12:108)この意味は、こうです:「預言者rよ、言うのだ:これが、知識と学識をもって私がアッラーへと招く、私のやり方であり、導きである。そして私に従う布教者たちの手法なのだ。」

ムスリムはアッラーへと招くにあたり、それほど多くのことを知っている必要はありません。ある教えを知った時、人々をそこへと招くことが義務づけられるのです。ゆえに、崇拝においてアッラーを唯一化する義務を知った時、それを他人に伝えなければなりません。また、イスラームの美点を知ったなら、それを人々に伝える義務が生じます。それは、クルアーンの1節であっても同様なのです。預言者rは仰りました。「たとえ1節であっても、私から伝達せよ。」(アル=ブハーリー3274)

預言者の教友たちも、同様でした。彼らはアッラーの使徒rのもとでイスラームに改宗すると、宗教の教義と基本を短期間で学び、それから自分たちの民のもとに戻り、彼らをイスラームへと招き、そこへと励行したのです。そして彼らの品性は、人々がイスラームに改宗するにあたって、最大の活性剤となったのです。

  1. 布教における英知:

アッラーは仰せられました。『英知とよき訓戒でもって、あなたの主へと招くのだ。そして最善の方法で、彼らと議論せよ。』(クルアーン16:125)この「英知」とは、時と場所をわきまえた、適切な手法で行うことです。

人々の性格と、その心の鍵穴は異なります。また、その理解力・知力も様々です。それで布教者は、彼らに適切な手段を選び、彼らの人生に最も影響を及ぼすような機会に狙いを定めなければなりません。

そしてこれら全ては、優しさ・よい訓戒・招く者に対しての哀れみの念・慈悲の念、また心を荒げたり、憎しみを煽ったりすることのない、バランスの取れた静かな会話のもとに、成されなければなりません。アッラーがその使徒に、人々に対する優しさと寛容さというお恵みを授けられたのは、このためだったのです。アッラーは仰せられました。『それで、あなたが彼らに優しくしたのは、アッラーからのご慈悲によるものであった。あなたがもし粗野で、硬い心の持ち主だったら、彼らはあなたの周りから去ってしまったことだろう。』(クルアーン3:159)