正しい行いとみなされる条件は何ですか。


アッラーに讃えあれ。

「正しい行いをする者は・・・」

[洞窟章 18:2 – 意味の解釈]

シェイク・アッシャイキーティによると、このアヤの正しい行いとは、三つの条件を必ず満たさなければならないことが他のアヤの中で説明されている。

1 – すべてのことが、預言者(かれに平安とアッラーのご加護を)によってもたらされたことに従って行わなければならない。預言者(かれに平安とアッラーのご加護を)がもたらしたことに反した行動はすべて正しくなく、間違っている。アッラー曰く(意味の解釈):

「また使徒(ムハンマド)があなたがたに与える物はこれを受けなさい」

[集合章 59:7]

「使徒(ムハンマド)に従う者は,まさにアッラーに従う者である。」 [婦人章 4:80]

「それともアッラーに同位者(邪神)があって、アッラーがお許しになられない宗教をかれらのために立てたのか。」

[相談章 42:21]

また同じような意味のアヤが多くある。

2 – 行動する者はアッラーに対して誠実な意図を持たなければならない。アッラー曰く(意味の解釈):

「かれらに命じられたことは,只アッラーに仕え,かれに信心の誠を尽くすことである(かれに同位者を配してはならない)」[明証章98 :5]

「(ムハンマドよ)言ってやるがよい。『わたしはアッラー(だけ)に従い,アッラーに信心の誠を尽くして正しい行いをするように命じられている。

またわたしは(イスラームで)ムスリムとしてアッラーに服従する先達であるように命じられている。』

(ムハンマドよ)言ってやるがよい。『わたしがもし,主に背くようなことがあれば,偉大な日の懲罰が恐ろしい。』

(ムハンマドよ)言ってやるがよい。『わたしは正しい行いによって、アッラーにだけ誠を尽くし仕えます。(見せびらかさず,かれを崇めるのにライバルを立てない)

あなたがたは、かれを差し置いて,欲するものに仕えるがいい。』」[集団章 39:11-15]

他にも同じようなアヤが多くある。

3 – 信仰と健全な信念を持って行動しなければならない。行動は屋根であり,信念(アキーダ)は土台である。アッラー曰く(意味の解釈):

「誰でも善い行いをし、真の信者であるならば、男でも女でも、われは必ず幸せな生活を送らせるであろう。」[蜜蜂章 16:97]

そのため信仰は善行の前提条件である。

アッラーは不信心者の行動を説明する場合など、この前提条件の概念は多くの箇所で説明されている。

「われはかれら(不信心者、多神教徒、罪人)の行ったことの報いがきて、それを塵のように撒き散らすであろう。」 [識別章 25:23]

「かれら(不信心者)の行いは砂漠の中の蜃気楼のようなもの・・・」[御光章 24:39]

「かれら(不信心者)の行いは、ちょうど暴風が吹き荒ぶ大嵐の日の灰のようなものである。」[イブラヒーム章 14:18]

上記と同じような多くのアヤがある。